HSPの特徴

気遣いのつもりが遠慮になってない?「気遣い」は愛情だけど、「遠慮」はよそよそしいだけだからね。

今日は、
気遣いをしているつもりが
「・・・あれ?遠慮になってしまってはいませんか?」
というお話です^^

“気遣い”と“遠慮”は
似ているようで大きく大きく異なるからね。


大きく違う。。。

HSPは気遣いの人。でも、時として「遠慮」になってしまってはいませんか?

HSPは気をつかう。

それはもう半端なく気をつかう。

それは、「気が利く」という長所でもあるんですけどね。
 
 

でも、
気をつかうあまりに
「相手へのはたらきかけ」を抑えてしまうこともあるんじゃあないでしょうか。

それってもう、“遠慮 ” でしかないですよね。
 
 

私、
この世の中において
勿体ないと思うものがいくつかあるんですけど、

その中でも圧倒的に勿体ないと思うのが
遠慮からくる「やさしさゆえのすれ違い」なんですよ。

「遠慮ゆえ、やさしさゆえのすれ違い」が一番もったいないよ。

やさしい気持ちから
遠慮をしてしまい(本人は気遣いのつもりでね)、

それゆえ、
お互いに本心が分からないまま
すれ違いが生じ、

ほんとは両想いなのに
少しずつ少しずつ離れていってしまう。。。
 
 
 
どちらかが思い切って
その時のほんとの本音を伝えていたならば
そうはならなかったはずなのに。

これ、
「両想い」って書いたけど、
同性のお友だち間でもね。
 
 
 
具体例を書いてみると、、、

多忙で大変そうな友だちに連絡をするかどうかためらう。

「忙しいみたいだから、ねぎらいのメールを送ろうかな。
 でも、そのメールへの返信で手を煩わせてはいけないよなぁ。
 負担にならないよう今は連絡をするのはやめておいたほうがいいかもなぁ」
 (でもでも、いうてるところが、ブラマヨの漫才みたいね。もしくは宮下草薙か)

 いや、忙しくても、ねぎらいメールはうれしいかもしれないよね。
 「よし、がんばろ♪」そう励まされるかもよ。

入院したお知り合いさんへのお見舞いをためらう。
 時には、お見舞いメールを送ることすらためらう。

「お見舞いに行きたいけど、入院中って、人が来るのは却って大変とも聞くしなぁ。
 みだしなみ的なこととか万全にしづらいだろうから、ウェルカムとは限らないしなぁ。
 せめて、お見舞いのメールだけでも送ろうかな。
 や、でも、病院だと携帯の使用ってどうなんだろう。
 それを考えたら、退院するまで待ったほうがいいかもなぁ」
   (↑いっぱいあれこれ考えてますねぇ;)

 これも、きっとうれしいよね。
 仮に入院中にそのメールを見ることができなくても、退院後にそのメールを見て
 その日付から「あぁ、気にかけてくれてたんだなぁ、、、」そうじーーんとするかも。
 お見舞いに関してはそれこそ「行ってもいい?負担なら遠慮なく断ってね」
 そう付け加えて送ればいいだけだしね。

たとえばパソコンやコピー機、コンビニのコーヒーマシンとか
はたまた駅の券売機とか、の使い方が分からなくって困っている人がいたとして、
そこで一声かけることをためらう。

「困ってるのかな?教えてあげようかな?
 や、でも、ちょっと時間がかかっているだけで、
 使い方自体は分かっているのかもしれないし、
 知らないとしても、もしかしたら自分で解決したい人かもしれないし、、、」

 これこそまさに助かるかもよー。
 『機械 』ってもうそれだけで苦手意識をもってたりするからね、人によっては。
 かくいう私も、パソコンは使えるけど、コピー機は苦手です。
 コンビニのコーヒーマシンも、「うまく使えなかったらどうしよう」と思って
 1度も使ったことがないです。だから、サラッと教えてもらえたらすごく助かる!
 そして、仮に手助けは不要だったとしても、
 その場でサラッと断りをもらってそれで終了~なだけかも。

 
 
 
・・・と、そんな風にいろいろ考えちゃって、
 
 
考えすぎるあまりに
一声かけようと思うそのやさしさをそっとしまいこんでしまう。。。
 
 
こういうこと、してしまってない?
 
 
 
これ、全部
気遣いに見えて
ただの「遠慮」じゃあないです??

なんで遠慮しちゃうんだろ?

なんで遠慮しちゃうんだろ?

相手には相手のペースがあるしなぁ、とか

本人は自分で解決しようとがんばっているかもしれないから、
聞かれてもいないのに、こちらから勝手にアドバイスをするのもなぁ、、、

とか、いろいろ思っちゃうのよね。
 
 
それゆえに、そっとしまい込む。

それ、すごくよくわかります。

(だって、ぜーんぶ私もやってることなので^^;)
 
 
 
なんか、
迷惑ではないかな?とか
押し付けになっちゃわないかな?とか、
教えてあげることが却って失礼ではないかな?とか、
はたまた「そんなことにも思い至らないのか」と思われないかな?とか

いろいろ理由は考えられるんだけど(考えつくんだけど)、
 
 
ま、でも、一番の理由は

「拒絶されたら、(自分が)傷つきそうだから」

ではないでしょうか。

傷つかないように

がっかりしないように

「そうなる可能性のある言動」をできるだけ避ける、

そんなクセ、ついちゃってませんか?

それゆえ、
せっかく気が利く人なのに、
その気遣いやら思いやりやらを
そっと自分の中にしまい込んでしまって、

結果、なんにもしていないから

まるで何にも考えておらず

たいして気の利かない人のように思われてしまって、

そのくらいならまだいいんだけど、

大事な人に本心が届かず
結果少しずつ少しずつ離れていってしまう、、、

そうなったなら、、、かなしいよね;

相手がどう感じるか、
迷惑に思うか押し付けと感じてしまうか、
それはもうぜんぶ相手次第です。

相手次第なので、

相手にとって疎ましいか
嬉しいか

有り難いか
煩わしいか、

それらはそれぞれに異なります。

相手という“人 ”だけでなく、

そこに、得意分野や苦手分野なども絡んでくるのでね。

得意分野だと
自分でできるからほっといてほしいかもだし、

苦手分野だと
そちらから手を差し伸べてくれたら
「なんてありがたい!」と思ってくれるかもだし、

結果、、、どうなるかは相手×状況次第なので、
やってみないと分からない。

自分のことを振り返ってみてもそうじゃない?

画一ではないよね。

100均だって、
「100円均一」と謳いながらも、
200円商品があったり、500円商品もあったりするやん?

だから(というのも変ですが^^;)、
あなたも画一にする必要はないし、
画一である必要はないんですよ。

(ここんとこ、正しさにこだわりがちなHSPさんには抵抗あるかもだけど)

過去に
受け取ってもらえなかったことがあって、
いま遠慮を選んでしまうのかもしれないよね。

でもね、

傷つきたくないがゆえに
うまくいかなかった時のことを
大事に大事にしてしまい、

その結果、
あなたのやさしさを封印してしまう、、、

そういうことにならないでほしいんです。

気遣いゆえの働きかけを
間違いだったと決めつけて思い込まないでほしいんですよ。

それ、
その相手との組み合わせではうまくいかなかっただけで
他の人にはすごーくいいかもしれないのだから。

そしてね、
過去に受け取ってもらえなかったことがあったとしても、

その相手は、あなたの申し出を断りながらも
その気持ちはありがたく感じていたかもしれないんですよ。

だって、それって
見守ってくれているからこそ気がつけたことであり、
相手を思いやってこその、気遣いやん?

気持ちって、ちゃんと伝わるから。

ちなみに、
この「気持ち」って、
私たちHSPがいちばん欲しいものじゃあない?

大事な人、なくしてない?

きらわれたわけではなく

きらいあったわけではなく

ただ言葉が足りなかっただけで

ただ行動が足りなかっただけで、

そもそもそれは

あなたにとっては気遣いゆえに

あえて心に収めただけだったのに、

そんな気遣いを遠慮でコーティングして

傷つかないように

自分を守ることを最優先にすることで

大事な人、離れてしまってないですか?

それでいい?

そのままでいい?

これからも?

HSPという特徴は変えてはいけない。

だから、私たちはこれからもこの特徴とともに生きていくしかない。

でも、行動なら変えていけます。

これから、どうしていく?

いちばん欲しいものは

「大事に思える人との、心から分かり合える関係」なはず。

そのために、どうする?

これからも遠慮をつづけていく?

答えは一択だと思います。

少しずつでもいいから

これまでとは違う行動を

選んでいこう。

一歩ずつ

まえへまえへと

歩をすすめていこうよ。

だいじょうぶ、

みんな

怖がりながら

すすんでいるから。